エンジニアの歳の取り方またはいかにして技術者は老害となってしまうのか

いやなことが終わって、なんか歯痛をかかえつつもちょっと幸せな今日この頃です。

給料も出たらしいですよ。ボーナス査定まだでビクビクしているけども。残業したからちょっと上がったわーい。

さあ今日はエンジニアの歳の取り方の話をしましょうか。

実は私は自分ではエンジニアとしてはなかなか優秀だと思っているんだけども、友人とか昔の同僚とかがすごく偉くなってしまって、ほんとに自分はこんなんでいいんだっけ?なんて思うこともあります。目立つの嫌いだけど目立っている友人は羨しいというか、能力的にはまけてねーぞ、的な思いはある。

そういうちょっとしたプライドを持っているんですが最近歳を取ってきていて、やはり体力が不足してきている気がします。昔ほど激しくは働けないし、技術の勉強に取れる時間も(独身なのでマシな方だけど)限られてはいる。そして不得意分野はなかなか目が出るまで長いので得意分野ばかりやっている気がする、そんなイケてない状況だったりします。

そこでまあプライドが低くなるかっていうとそんなことはないわけで、現実と自分の中にある自分の資産価値がズレつつあるのではとも思ったりするんです。そういったズレが将来的に軋轢を生むんだろうなあと、わかってはいる。わかってはいるけどもそうも割り切れないよな。

マネージャとして組織をより良くする方向に動きたい、とおっしゃる方も多いですよね。自分もそっちが良いのだけども、議論するよりもコード書く方が好きなんですよね。だからエンジニアなんですよ。

自分が若いときに周囲のエンジニアのことをどう思っていたかというと、やはりコードを書くのは若い人の仕事だと思っていましたね。技術についていけてないおっさんが方針を決めるのはやっぱりいけてねーな、と思っていたはずです。じゃあ老いた人の仕事ってなんじゃろ。ベンチャー CEO とか大企業の開発部長とかなれる人はそれでいいんだけども、そうじゃない人は何をすればいいんじゃろ。CTO はそれはそれで将来的に大変そうだからそうじゃない人の方に含めます。ベンチャーの CTO とか大企業のチームリーダーみたいなもんだしな。

 

まあ面白いことをしたいな、とは思います。世界をゆるがすような面白いことをしたい。それで老害と思われても好きなことをやって死ねたら最高だなと思います。まあそれで思い通りに行かなかったら性格の悪い老害になるけども。

結局老害になるかならないか、なんてものはどうでもよくて、自分が好きなことができるかどうかが一番大事なのだなあと思いました。どうせ定年退職したら役職も名誉も消えるんだし、そんなものはどうでもいいや。

来週からも老害でがんばります。いじょー